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梅たろすのひとり言

梅たろすのひとり言

第4話 カラゴスの青春 前編

 カラゴスの青春(前編)

 広大な宇宙が目の前に広がっている。銀河系にあるアルバ星の住人はまだ銀河系から出た者は誰もいない。教師であるファルコでさえも、子供の頃は銀河系が宇宙だと思っていた。しかし、銀河系は広大な宇宙の存在するほんの小さなスペースでしかないことを思い知らされて無知を恥じたこともあった。
 視聴覚教室とも言うべき部屋でリアルな天体映像を見ている生徒たちも思い思いの表情が見て取れた。宇宙に広がる無限の星たちを単純に「美しい」と感動を表している少女たちや、いつかは遠い星に行きたいとばかりに興奮を隠せない男子生徒、意味がわからずに見ていたりするその光景は何年教師を務めていても変わらない。
「我々が住む銀河系だけでも様々な星が存在をしています。皆さんも知っているヒトという生き物が住む、アースと呼ばれる星も銀河系の端っこにあるサンと呼ばれている、燃えるように輝く星の周囲を回りながら存在をしているんです」
 生徒の中から「どうしてヒトがここで出てくるのか」という質問があってもおかしくない状況をファルコはとっさに心配をした。ファルコも意識をしてヒトという言葉を出したわけではない。やはり、自分がヒトの血を受け継いでいるという否定できない事実が心のどこかにあるのだろうか。ファルコの心配を他所にヒトの話は、生徒たちには興味のある話題だったようだ。
「先生、アースってヒトを育てる牧場のようなところなんですか?」
「ばかだね、工場だよ工場!」
「工場のわけないじゃない。ヒトだってわたしたちと同じように生ものなのよ。きっとアースにいるアルバが育てているのよ」
 子供たちが行ったことの無いアースに様々な想像を巡らして意見を交わす。これらの想像は、子供ばかりではないのかもしれない。行ったことも見たこともないアースは、大人である教師たちにも未知の領域だ。ただ、アースに対しての知識を父親から聞いていたファルコには、ほぼ正確な想像を働かせることが出来る。その知識をどこまで披露して良いのかわからない。詳細に正確な情報を口にすればどこでその知識を集めたのか、疑念を持たれる可能性を恐れた。それを隠すためにファルコは教師になる前に食肉になる運命のヒトに会い、取材を敢行してヒトに対しての詳細な論文を書いたが、実際にはヒトからアースのことを聞いたのは父親だけで、他のヒトに話しを聞いたという事実は無かった。表向きは、ヒトに対してそれ以上の感傷を持たない。その表向きが自分の中の心までもコーティングしてしまっているのだろうか。家庭にいてもヒトである父親を見ても親子の情を表すことは無くなった。
「アースにアルバはいません。アースの中で一番進化して生き物がヒトです」
「じゃあ、俺たちみたいなものなんだ」
「バカだな、アルバと一緒にするなよ。ヒトは食べ物だぜ」
 イリキンという男子生徒が言った。
 ヒトはアースにいる時代、ヒトよりも下等な動物を食べてヒトが生き物の中で最高の存在だと思っていた。だがその一方では動物を愛する感情も情操教育の一環としてあったと云われている。それが発展をして動物を愛護するという団体もあったが、動物を愛護するヒトは、動物を虐待するヒトに対しての攻撃をするという本末転倒な事態も起こっていた。
 動物を食べることは食物連鎖としては仕方のないことだ。しかし、それ以外では動物を見下すことがなく、同じ星に存在する生き物同士という心で平均的に愛することも必要となる。アルバとヒトの関係もそれと同じだ。現実にはヒトはアルバの食物となっている。だからと言って。ヒトをアルバが見下す必要はない。それをしっかり子供たちにも教えなければならない。
 ファルコがヒトに対しての同じ生き物としての尊厳を口にしようとしたその時だった。イリキンの悲鳴がファルコの言葉を遮った。
「どうしたのイリキン」
 ファルコが見るとイリキンは席にいなかった。生徒たちの視線は、後方に集中している。イリキンは他の男子生徒に力任せに押さえつけられていた。
 押さえつけているのはカラゴスという生徒だった。カラゴスは顔を真っ赤にしてイリキンの両肩を押さえている。
「やめなさい、カラゴス!」
 ファルコがカラゴスの肩を引き上げようとしたが、カラゴスは子供とはいえ男だ。ファルコの力でカラゴスをイリキンから引き離すことは困難に思われた。
 その時、ローリンに促されたカブサンがカラゴスの首に腕を回し、思い切り後方に押し倒した。カラゴスのクッションになったカブサンは尻餅をついて尾てい骨を打ったようだ。
 今度はカブサンの悲鳴が響いた。ローリンはカブサンの悲鳴に大笑いをした。ファルコもカブサンの少し滑稽な姿に思わず噴出しそうになった。しかし、今は笑っている場合ではない。カラゴスは何かに対して興奮をしている。
「カラゴス、一体何があったの?」
 カラゴスは大きく息を吐きながら答えようとはしない。ファルコはそんなカラゴスを優しく立たせた。
「放課後に職員室に来て。話をちゃんと聞くから」
 カラゴスはひとつ肯いて席に戻った。押さえ込まれていたイリキンは、頬を膨らませたままカラゴスを睨んでいる。
「イリキンも席に戻って」
 そう言われたイリキンは渋々、席に戻った。

 一日の授業が終わり、ファルコは職員室で教材の整理をしていた。
 そういえば、放課後にカラゴスをここに呼んであるのだった。一日の授業が終わったはずなのに未だにカラゴスは来ない。その時、職員室の扉になっているタイムステーションの青いランプが点滅をした。
 ファルコの前に来たのは、ローリンとカブサンだった。カラゴスが暴れたときにカブサンは思い切り尾てい骨を打ったのをファルコは思い出した。
「カブサン、お尻はどう?まだ痛い?」
 カブサンは思い出したようにお尻を撫でたのを見て、ファルコはあの時のカブサンの滑稽さを思い出した。
「先生、教室でも笑いそうになったでしょう」
「ごめん、ごめん。ちょっと嬉しかっただけよ。カブサンが助けてくれたから」
「あれは、ローリンが目で俺に合図したからさ」
「そうなの?」
 そのローリンは意外に真剣な眼差しをしてファルコを見ていた。
「あのね、先生。カラゴス、帰っちゃったの」
「え?そうなの。ちゃんと来てくれるかと思ったけど」
「引き止めたんだけどね、強引にわたしがつかんだ腕を払って・・・・」
 どうやら、ローリンは責任を感じているようだ。
「何もローリンが責任を感じる必要はないわよ。それよりも、あの後はカラゴスとイリキンが再びもめないように目を光らせてくれていたでしょう」
「先生、知ってたの?」
 ファルコも、事後のことを心配はしていた。ファルコとて、一日見張っているわけにもいかないのだ。ローリンとカブサンがカラゴスたちを見ていたことは雰囲気でわかる。友人たちを心配することが出来る優しい子供なのだ。
「ありがとうね、二人とも」
 ローリンはやっと笑顔になった。この方がローリンらしい。
「先生、どうするの?」
「何なら、腕づくでもカラゴスを連れて来ようか」
「これからカラゴスの家まで行ってくるから、あなたたちはもう心配しないで」
 小さなもめごとはなるべくその日のうちに解決をしておきたかった。カラゴスが暴れた理由によっては一日で解決できるものではないかもしれない。しかし、少なくともローリンとカブサンには安心を与えておきたかった。
 二人はファルコの心が理解出来たのか、笑顔で職員室を去って行った。
 
 


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